『田所トメ子の事件簿〜花壇の記憶』~ 第2話

 


主婦探偵・田所トメ子が庭園で起こる事件の真相を追う、五夜連続のミステリー

 


2話:足跡の迷宮

朝の庭は、夜の静けさとは違う顔を見せていた。
露に濡れた夾竹桃の葉が微かに揺れ、赤いバラの花びらは光を反射して輝く。倒れたプランターや微かに乱れた土の跡が、昨夜の異常な出来事を静かに語っていた。空気はひんやりとして、事件の影を色濃く残している。

田所トメ子は手袋をはめ、庭の土を指先でなぞった。
「鉢の位置、土の色、肥料の混ざり方……不自然ね」
静かに呟きながら、庭全体を観察する。その目は、微細な違和感も逃さない鋭さを宿していた。

ケイジは庭の隅で立ち止まり、ため息をつく。
「こういうの、見ているだけでも疲れるな」

ユキはスマホを握り、庭の写真を撮りながら母に声をかける。
「お母さん、この赤いバラ、少し傷ついてる?」

トメ子は赤いバラの花びらを指先で撫でる。
「少しね。これも手がかりになるわ」
庭のあちこちに倒れたプランター、乱れた土、夾竹桃の影――すべてが微かな異変を物語っていた。

そこへ、高橋康夫の妻、雅子が歩み寄った。
「田所さん……お願いです。昨夜のこと、どうにか……
顔は青ざめ、目には涙がにじむ。

トメ子は優しく雅子にうなずきながら、庭の状況を説明する。
「赤いバラの根元、倒れたプランター、土の跡……これだけの情報があれば、少しずつ状況を整理できます」

雅子は震える声で、小さくつぶやいた。
「康夫が……こんな目に遭うなんて……

佐藤ミドリは赤いバラのそばで立ち止まり、手のひらで花びらを触れる。
「会長……どうしてこんなことに……
沈んだ表情には恐怖と不安がにじむ。

田辺サクラは倒れた鉢の周囲を観察し、トメ子に小声で話す。
「夜露で足跡は少し薄れているけど、鉢の動きや土の跡ははっきり残っているわ」

その時、山本ヒロシが庭の奥から現れた。顔色は青ざめているが、赤いバラの株元を凝視している。
……これはおかしい。肥料の分量が合わない。会長はいつも規定通りに施肥していたはずだ。なのに、この株は……明らかに量が多すぎる」
ヒロシの声は震えていたが、その眼差しには異様な執着が宿っていた。
佐藤ミドリが不安げに問いかける。
「どういうことなの?」
「こんな与え方をしたら、バラは根を痛める……誰かが意図的にやったとしか思えない」

トメ子はヒロシの言葉に小さく頷き、赤いバラの根元に目を落とした。
「なるほど……“肥料の異常ね。それも一つの鍵になるわ」

ヒロシはなおもぶつぶつとつぶやく。
「俺は昨日、会長に言ったんだ……『このバラは品種改良に適してない』って。でも会長は笑って……俺の意見を全然聞かなかった……
その言葉に、雅子が一瞬だけ目を伏せる。

 

郵便配達員の石田が息を切らして駆け寄った。
「田所さん、昨夜、庭の裏手で何か動く影を見ました。近づこうとしたら逃げちゃったんですけど」

トメ子は頷き、倒れた鉢や土の跡をもう一度確認する。
「なるほど……この庭の異変を説明する鍵になるわ」

ケイジはユキに微笑みかける。
「母さん、本当に落ち着いているな……俺なら絶対パニックだ」

ユキも笑い返す。
「でも、お母さんが冷静だから、ちょっと安心する」

トメ子は赤いバラに手をかざし、庭をゆっくり歩く。
「鉢や肥料の入手経路を調べ、証言と照らし合わせれば、全体の状況が見えてくる」

雅子は赤いバラのそばに立ち、静かに涙を拭う。
「康夫……本当に、どうしてこんなことに……
トメ子は静かに雅子の肩に手を置き、慰める。
「悲しむことも大事。でも、まずは状況を整理して、真実を明らかにしましょう」

庭は静かだが、倒れたプランター、赤いバラ、夾竹桃の影が微かに語りかけている。
主婦探偵・田所トメ子は、事件の真実を解き明かすべく、次の推理に踏み出した。


次回予告(第3話)
「倒れたプランター、赤いバラ、土の跡……
主婦探偵・田所トメ子が、証言と現場を照らし合わせ、ついに怪しい人物の行動を観察し始める――
次回、庭に渦巻く緊張と疑惑!」





主要登場人物

探偵側

田所トメ子:主婦探偵。園芸の知識が豊富で観察力が鋭い。正義感が強く、花や庭に隠された異変を見逃さない。

田所ケイジ:トメ子の夫。温厚で家庭的だが、時折トメ子の調査に巻き込まれる。

田所ユキ田所トメ子・ケイジの娘。中学生。園芸クラブの手伝い経験あり。トメ子の情報収集を手伝う。スマホで写真を撮るなど、現代的な推理補助。


被害者・関係者

高橋康夫:園芸クラブ会長。町内一のバラの育成者。温厚だが、過去の園芸大会で不正疑惑がある。

高橋雅子:高橋の妻。夫の行動に疑問を持つが、表向きは穏やか。庭園の秘密を知る人物。


園芸クラブメンバー

佐藤ミドリ:ライバル意識が強い女性会員。会長に嫉妬している。

山本ヒロシ:新参会員。見た目は温厚だが、バラの品種に強いこだわりを持つ。

田辺サクラ:ベテラン女性会員。園芸の知識豊富でトメ子に情報を提供するが、過去の対立が事件に絡む。


町内関係者・サブキャラクター

老人会メンバー(複数):庭園の手入れを手伝う高齢者たち。事件目撃情報や小さな矛盾を提供。

町内会長・吉田:事件解決に協力するが、内部事情には口をつぐむことも。

郵便配達員・石田:事件当日の庭の様子を偶然目撃。小さなヒントをトメ子に渡す。

花屋の小林:特殊な肥料や鉢の入手ルートを知る。犯人特定に重要な情報源。

 

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