『田所トメ子の事件簿〜花壇の記憶』~ 第3話
第3話:証言の迷路
午前の陽が庭を照らし、露に濡れた葉がきらめく。
赤いバラの根元に乱れた土、倒れたプランター、踏み荒らされた花壇――夜に起きた出来事は、まだ庭に色濃く残っていた。
田所トメ子はしゃがみ込み、手袋をはめた指で土をなぞった。
「……ここに、二種類の足跡があるわ」
ユキがスマホをかざして撮影しながら問いかける。
「二人分ってこと?」
トメ子は頷き、大きい方の足跡を指差す。
「大きい足跡は被害者・高橋康夫さんのもの。靴底の模様が、遺体と一緒に運ばれた靴と一致している」
「じゃあ、もう一つは……」ユキが息を呑む。
「そう。それが問題よ。康夫さんは自分の意思でここに来た。でも、ここで“誰か”と出会っている」
トメ子の声が庭に響いた。
その時、老人会の一人が土を覗き込み、首をかしげた。
「康夫さんの足跡、途中で向きが変わっとるな。まるで誰かに呼ばれたみたいに」
トメ子はその言葉にうなずき、足跡の交差点を示した。
「ええ。そしてそこで、小さな足跡が重なっている。つまり――康夫さんは誰かと対峙した」
緊張が走る中、郵便配達員の石田が証言を口にした。
「昨夜、裏手で影を見ました。背の高い人でした。でも……妙に慎重に動いていて、庭に入るのが不自然だった」
すると、佐藤ミドリが顔色を変え、声を上げた。
「わ、私はそんな時間に庭に入ってないわ! 第一、裏口の鍵は会長しか……!」
だが田辺サクラが冷ややかに指摘した。
「昨日のお昼、裏口の鍵を借りてたじゃない。“自分の花を見せたい”って言ってたでしょう?」
「えっ……」ミドリの表情が固まった。
さらにトメ子は雅子に向き直る。
「ご主人が庭に出た理由を、何か言っていませんでしたか?」
雅子は視線を伏せ、しばらく沈黙した後、絞り出すように答えた。
「……九時を過ぎた頃、電話をしていたわ。声を荒げて……相手は山本ヒロシさんだった」
その瞬間、空気が張り詰める。
ユキがスマホで通話履歴を調べ、画面を皆に見せた。
「本当だ……発信記録が残ってる。宛先は“山本ヒロシ”」
ヒロシは狼狽し、必死に弁解した。
「ち、違う! 確かに会長から電話はあった。でも、ただバラの品種のことで相談されただけだ!」
サクラが皮肉を込めて口を挟む。
「夜遅くに? 普通そんな話、翌日にすればいいじゃない」
ヒロシの額に汗がにじむ。
ケイジは腕を組み、ぼそりと呟いた。
「つまり、康夫さんは自分で庭に来て、そこでヒロシさんか、あるいは別の誰かと会った……」
トメ子は頷き、赤いバラの根元に視線を落とした。
「康夫さんの足跡はここで途切れている。そして、別の足跡がその上に重なっている。――これが、“事件の始まり”の場所」
一同に重い沈黙が広がる。
夾竹桃の影が揺れ、赤いバラの花びらが一枚、ひらりと落ちた。
「被害者を呼び出した者がいる。そして、その人物は康夫さんと対峙した」
トメ子は静かに告げる。
「証言の迷路には必ず出口がある……。嘘をついている人が、この中にいるわ」
ミドリ、ヒロシ、そして雅子――三人の顔から血の気が引き、それぞれが視線を逸らした。
人間関係の影が、庭の真実に絡みつき始めていた。
次回予告(第4話)
「倒れたプランター、赤いバラ、土の跡……
主婦探偵・田所トメ子が、ついに怪しい人物の行動を絞り込み、庭の真実に迫る――
次回、緊張と疑惑が交錯する!」
主要登場人物
探偵側
田所トメ子:主婦探偵。園芸の知識が豊富で観察力が鋭い。正義感が強く、花や庭に隠された異変を見逃さない。
田所ケイジ:トメ子の夫。温厚で家庭的だが、時折トメ子の調査に巻き込まれる。
田所ユキ:田所トメ子・ケイジの娘。中学生。園芸クラブの手伝い経験あり。トメ子の情報収集を手伝う。スマホで写真を撮るなど、現代的な推理補助。
被害者・関係者
高橋康夫:園芸クラブ会長。町内一のバラの育成者。温厚だが、過去の園芸大会で不正疑惑がある。
高橋雅子:高橋の妻。夫の行動に疑問を持つが、表向きは穏やか。庭園の秘密を知る人物。
園芸クラブメンバー
佐藤ミドリ:ライバル意識が強い女性会員。会長に嫉妬している。
山本ヒロシ:新参会員。見た目は温厚だが、バラの品種に強いこだわりを持つ。
田辺サクラ:ベテラン女性会員。園芸の知識豊富でトメ子に情報を提供するが、過去の対立が事件に絡む。
町内関係者・サブキャラクター
老人会メンバー(複数):庭園の手入れを手伝う高齢者たち。事件目撃情報や小さな矛盾を提供。
町内会長・吉田:事件解決に協力するが、内部事情には口をつぐむことも。
郵便配達員・石田:事件当日の庭の様子を偶然目撃。小さなヒントをトメ子に渡す。
花屋の小林:特殊な肥料や鉢の入手ルートを知る。犯人特定に重要な情報源。

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