『田所トメ子の事件簿〜花壇の記憶』~ 第4話
主婦探偵・田所トメ子が庭園で起こる事件の真相を追う、五夜連続のミステリー
第4話「庭の真相」
夕暮れが庭を朱色に染める。夾竹桃の葉先に残る露が微かに光を反射し、赤いバラの花びらは夕日の光を受けて深紅に輝いていた。倒れたプランターの隙間から湿った土が顔を出し、庭全体には昨夜の事件の気配が色濃く残っている。
田所トメ子は手袋をはめ、庭をゆっくり歩きながら指先で土を触る。倒れたプランターの角度、微妙に乱れた土、赤いバラの花びらの傷――すべてを注意深く確認していく。
「全てが手がかりよ」
トメ子は静かに呟き、庭全体を見渡す。その目には、庭の小さな異変を逃さず見抜く鋭さが宿っている。
ケイジは庭の片隅で立ち止まり、足元をじっと見つめた。
「なあユキ……どうして被害者の足跡はここで急に止まってるんだ?」
ユキはスマホを操作し、撮影した写真を拡大して答える。
「うん、確かに不自然だね。上から別の足跡が重なってるみたい」
ケイジは眉をひそめる。
「じゃあ……誰かがわざと被害者の足跡を消そうとしたのか」
ユキは小さく息を呑む。
「それって……やっぱり“ここで何かあった”ってことだよね」
二人の会話を背後で聞いていたトメ子が、低い声で言った。
「そう。――事件の核心は、この交わった足跡の場所に隠されているのよ」
トメ子はさらに手袋を締め直し、倒れたプランターの角度や土の状態を入念に確認する。
「鉢の傾き、土の混ざり方、肥料の残留……」
赤いバラの傍で佐藤ミドリは立ち止まり、手のひらで花びらをそっと触れる。
「会長……どうしてこんなことに……」
沈んだ声には、まだ恐怖と不安が色濃く残っていた。田辺サクラは倒れた鉢の周囲を観察しながらトメ子に耳打ちする。
「夜露で足跡は薄れているけど、鉢や土の動きははっきりわかるわ。順序も整理すれば理解できる」
トメ子は頷き、赤いバラに手をかざし、倒れたプランターの位置を慎重に確認する。庭のあちこちに残された土や肥料の跡が、事件の行動順序を物語っていた。
その時、雅子が庭の中央に歩み寄った。肩を小さく震わせながらも声を上げず、手には園芸用の軍手を握り、赤いバラの根元をじっと見つめている。
「康夫……」
小さな吐息は震えていたが、庭の状況を理解しようとする強い意志が感じられた。
トメ子は雅子の隣に立ち、庭全体を指差す。
「ここにある鉢や土の跡、倒れたプランター……全て、事件を理解する手がかりです」
雅子は深くうなずき、少しずつ息を整えながら庭の各所に視線を巡らせる。悲しみは胸に残るが、事件を解明しようとする決意が彼女を前に向かせていた。
その時、庭の門が開き、制服姿の警察官二人が入ってきた。年配の巡査部長と、若い刑事である。
「失礼します。昨日の件で現場を確認に来ました」
町内会長の吉田が慌てて駆け寄る。
「これはこれは……ご苦労さまです」
刑事たちは庭をぐるりと見渡し、倒れたプランターや足跡に目を止め、低く呟いた。
「……足跡が入り乱れているな。これでは特定が難しい」
老人会の一人が慌てて言う。
「わ、ワシらは何も触っとらん! ただ見てただけで……」
若い刑事は冷たく返した。
「誰も触っていないのなら、この乱れはどう説明するんです?」
空気が凍りつく中、トメ子が一歩前に出て落ち着いた声で言った。
「警察の方、この足跡……乱れてはいますが、被害者ともう一人の足跡が“交差して消えている”部分はまだ残っています。ここです」
刑事がしゃがみ込み、驚いたように頷いた。
「……確かに。だが、素人目には区別が難しいはずだ」
若い刑事が眉をひそめ、皮肉を込めて言う。
「あなたは専門家でもないのに、どうしてそんなことがわかるんです?」
ケイジが慌てて口を挟む。
「すみません、妻は昔からこうでして……」
だが老人会の数人がすかさず声を上げた。
「田所さんはただ者じゃない! 花や土のことなら、この町で一番だ!」
「園芸大会だって、あの人の意見がなきゃ回らん!」
巡査部長は腕を組み、トメ子をじっと見つめた。
「……なるほど。町内の人々がそう言うなら、一応は耳を傾けましょう。ただし、あなたの推理が本当に役立つかどうかは、まだわかりません」
トメ子は微笑みを浮かべ、落ち着いた声で返す。
「わかっています。でも庭は、いつも真実を語るものです」
若い刑事はまだ納得していない様子で呟いた。
「主婦探偵、ね……。まあ、せいぜい邪魔にならないように」
その場に微妙な空気が漂った。町内の人々はトメ子を信じているが、警察は彼女を半信半疑で見ている。その温度差が、夕暮れの庭に新たな緊張を生んでいた。
石田も息を切らして庭に駆け寄り、昨夜の出来事を補足する。
「田所さん、庭の裏手で何かが動くのを見ました。本当に見たんです。近づいたら、逃げてしまったんです」
「証言は役立つわ」
トメ子は静かに応え、倒れたプランターや土の跡を順番に確認する。
ケイジはふと庭の片隅に目をやり、赤く輝く夾竹桃の葉を見つめた。
「こんなに静かでも、何かが動いた形跡が残るんだな……」
ユキは赤いバラを撮影しながら、母に小声で言った。
「お母さん、こうやって見ると、庭って事件の証言者みたいだね」
トメ子は微笑みながら頷く。
「その通り。庭は全てを知っている。倒れた鉢、赤いバラ、土の跡……全てが語りかけているのよ」
夕日の光が庭を赤く染め、赤いバラと夾竹桃の影が揺れる中、庭に集まった人々は息をのむ。倒れた鉢や土の跡のひとつひとつが、事件の行動順序や異変を静かに語りかけている。
トメ子は深く息を吸い、庭に集まった全員に向かって振り返った。
その瞬間、庭の緊張が頂点に達する。赤いバラの香りと夾竹桃の影が、静かに次の瞬間を待っていた。
次回予告(第5話)
「庭に残る最後の手がかり、倒れたプランター、赤いバラ……
主婦探偵・田所トメ子が、ついに真相を明かす時――
次回、事件の全貌と衝撃の犯行動機が明らかになる!」
主要登場人物
探偵側
田所トメ子:主婦探偵。園芸の知識が豊富で観察力が鋭い。正義感が強く、花や庭に隠された異変を見逃さない。
田所ケイジ:トメ子の夫。温厚で家庭的だが、時折トメ子の調査に巻き込まれる。
田所ユキ:田所トメ子・ケイジの娘。中学生。園芸クラブの手伝い経験あり。トメ子の情報収集を手伝う。スマホで写真を撮るなど、現代的な推理補助。
被害者・関係者
高橋康夫:園芸クラブ会長。町内一のバラの育成者。温厚だが、過去の園芸大会で不正疑惑がある。
高橋雅子:高橋の妻。夫の行動に疑問を持つが、表向きは穏やか。庭園の秘密を知る人物。
園芸クラブメンバー
佐藤ミドリ:ライバル意識が強い女性会員。会長に嫉妬している。
山本ヒロシ:新参会員。見た目は温厚だが、バラの品種に強いこだわりを持つ。
田辺サクラ:ベテラン女性会員。園芸の知識豊富でトメ子に情報を提供するが、過去の対立が事件に絡む。
町内関係者・サブキャラクター
老人会メンバー(複数):庭園の手入れを手伝う高齢者たち。事件目撃情報や小さな矛盾を提供。
町内会長・吉田:事件解決に協力するが、内部事情には口をつぐむことも。
郵便配達員・石田:事件当日の庭の様子を偶然目撃。小さなヒントをトメ子に渡す。
花屋の小林:特殊な肥料や鉢の入手ルートを知る。犯人特定に重要な情報源。

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