『田所トメ子の事件簿〜花壇の記憶』~ 第5話 最終話

 



主婦探偵・田所トメ子が庭園で起こる事件の真相を追う、五夜連続のミステリー

5話:二人の真相と庭の正義

トメ子は深く息を吸い、庭に集まった全員に向かって振り返った。
「皆さん、これで庭の状況は整理できました。次は……犯人の特定ね

庭に緊張が走る。赤いバラの香りが風に乗り、夾竹桃の葉先が微かに揺れる。

現場に立ち会っていた警察官たちは顔を見合わせ、困惑したように小声でささやき合った。
……もう犯人が特定できているって? そんなに簡単に……
「証拠がまだ十分揃ってないのに、どうして……?」

トメ子は静かに視線を二人に向け、声を張る。
「犯人は、あなたたちですね――山本ヒロシさん、そして高橋雅子さん!」

庭に集まった全員の視線が、その二人に集中する。赤いバラの前に立つ二人は一瞬たじろぎ、互いに目を合わせた。

「ち、違います! 違う!な、何を根拠にそんな……」ヒロシが目を逸らしながら叫ぶ。
雅子も顔を赤らめ、両手を胸の前で組む。
「私だって……そんなことするはずないわ!ないじゃありませんか!

警察官が思わず口を挟む。
「田所さん、どうしてそんなに断定できるんですか? 我々にはまだ全容が……

しかしトメ子は静かに庭を指差し、証拠を一つずつ示した。
「この倒れたプランター、赤いバラの根元の傷、混ざった肥料の跡……すべて、あなたたちの行動順序と一致します」

二人は観念したように顔を伏せるが、トメ子はさらに踏み込んだ。
「そして――あなたたちは、家族関係にありますね?」

ヒロシの目が大きく見開かれ、雅子は息を呑む。
雅子が小さく問いかける。
「どうして……あなたは、私とヒロシが家族だってわかったの?」

トメ子は赤いバラの花びらを手の中でひらりと舞わせながら答える。
「行動の連動、手の動き、足跡の交差の仕方――二人の距離感や自然な呼吸、微妙な仕草の一致を見ればわかるのよ。親子だからこそ、互いに無意識で補い合う動きが庭の痕跡に残るの」

雅子は言葉を失い、深くうなずいた。
ヒロシも重い声で続ける。
……母と子です」

庭に驚愕の声が広がる。警察官たちは目を見開き、思わずつぶやいた。
「本当に……親子だと……。どうしてここまで見抜けるんだ……?」

しかし直後、ヒロシは悔しさに歯を食いしばり、突如トメ子に向かって一歩踏み出した。
「もう……これ以上認めるわけにはいかない!」

「やめろ!」
田所ケイジが素早くヒロシの腕をつかみ、全力で押さえ込む。ユキも叫んだ。
「お父さん!」

雅子は涙をにじませながら、息子にしがみつくように囁いた。
「ヒロシ……もう、やめて……認めるしかないのよ」

ヒロシは必死に抵抗したが、やがて力尽きて肩を落とし、深く息を吐いた。
……わかりました。やりました、確かに」

雅子も静かに頷き、観念したように言う。
……私も、一緒にやりました」

トメ子は問いかける。
「動機は?」

ヒロシはうなだれたまま、唇を震わせて答えた。 

……じょうろです。あの庭に置いてあった、俺のじょうろ。康夫の奴が勝手に使ったんです!」

声は震えながらも異様なほど真剣で、その場の空気は一瞬張り詰めた。

「水の減り具合で気づいたんだ……ほんの数センチ! たった数センチの違いが、俺にはすぐにわかった!」

雅子も力強くうなずき、拳を握りしめて叫んだ。                    「しかも! 元の場所に戻さなかったのよ! いつも私たちは、じょうろを庭の中央からきっちり南向きに揃えて置いていたのに! 康夫は東に……少しだけ東に傾けて置いたの!」

雅子の声は泣き叫ぶようでありながら、語っている内容はあまりにも些細で滑稽だった。だがその真剣さは、まるで国家の存亡を語るかのような迫力を帯びていた。

ヒロシは拳を握り、悔しげに歯を食いしばる。                     「俺は問いただしたんだ! どうして俺のじょうろを勝手に使ったんだって! だけどあいつは笑ったんだ! たかがじょうろだろうって! その言葉が……俺には、俺には許せなかった!」

雅子は両手を震わせ、目を見開いて叫んだ。                      「私には耐えられなかった! 花壇のことも、鉢の配置も、あの人はいつもたいしたことじゃないって言った……! でも、じょうろの向きは私たちにとって、庭の秩序そのものだったのよ!」

ヒロシは泣き叫ぶように声を張り上げた。                       「俺はプランターを持ち上げて、脅かすだけのつもりだった! 『じょうろの置き方を謝れ!』ってただそれだけのつもりだった! でもあいつは、あの男は、あの馬鹿にした笑みを浮かべたまま背を向けたんだ! その瞬間……手が滑って……!」

雅子が震える声で補った。                              「康夫は倒れて、石に頭を打ちつけて……動かなくなった。私たちはただ……じょうろを正しい位置に戻したかっただけなのに……!」

沈黙が庭を覆う。

老人会の一人が呆然と呟く。
 「……じょうろの……置き方……?」

佐藤ミドリは崩れ落ちるように座り込み、サクラは顔を覆った。
ケイジは天を仰ぎ、深いため息をつく。
「じょうろの向きで……人が死ぬのか……

ユキは半笑いを押し殺しながら、母を見つめる。
「お母さん……これ、本当に事件って言えるの?」

しかし、田所トメ子だけは真剣な眼差しで告げた。
「ええ。たとえ動機がくだらなくても、人の命が奪われた以上これは紛れもない殺人事件。庭は真実を語り、じょうろが正義を呼んだのよ」

赤いバラが風に揺れ、夾竹桃の影が庭に落ちる。その光景は――あまりに馬鹿馬鹿しい動機と経緯と共に、「庭の正義」が果たされたことを告げていた。

そのとき警察官が二人を静かに拘束した。ヒロシはなおも真剣な表情を崩さずに手錠をかけられ、雅子も冷静に従った。ケイジはヒロシを押さえつけたまま、警官に引き渡す。

警察官の一人がトメ子に目を向け、深く息を吐きながら呟いた。
……あなたには敵わないな。どうしてそこまで見抜けるのか……我々には到底理解できない」

二人がパトカーに乗せられ、サイレンの音とともに夜の闇に消えていく。

残された庭には静寂が戻り、赤いバラは風に揺れていた。


後日談・エピローグ

事件解決から一週間後、庭は整えられ、赤いバラは鮮やかに咲き誇る。町内は平穏を取り戻し、田所トメ子の推理が花壇の秩序を守った証となった。

ケイジは庭を眺めながら笑う。
「それにしても、犯行の動機がじょうろの置き方だって……俺は理解できないなあ」

ユキも苦笑いしながら言う。
「でも、二人とも本当に真剣だったんだよね。不思議な感じ」

トメ子は赤いバラを指先でそっと撫で、庭全体を見渡す。
「花壇は……正義よ!」

赤いバラと夾竹桃が風に揺れ、庭全体が静かに応えるかのようだった。町内の人々は深く頷き、花と庭の秩序は守られたのだった。


主要登場人物

探偵側

田所トメ子:主婦探偵。園芸の知識が豊富で観察力が鋭い。正義感が強く、花や庭に隠された異変を見逃さない。

田所ケイジ:トメ子の夫。温厚で家庭的だが、時折トメ子の調査に巻き込まれる。

田所ユキ田所トメ子・ケイジの娘。中学生。園芸クラブの手伝い経験あり。トメ子の情報収集を手伝う。スマホで写真を撮るなど、現代的な推理補助。


被害者・関係者

高橋康夫:園芸クラブ会長。町内一のバラの育成者。温厚だが、過去の園芸大会で不正疑惑がある。

高橋雅子:高橋の妻。夫の行動に疑問を持つが、表向きは穏やか。庭園の秘密を知る人物。


園芸クラブメンバー

佐藤ミドリ:ライバル意識が強い女性会員。会長に嫉妬している。

山本ヒロシ:新参会員。見た目は温厚だが、バラの品種に強いこだわりを持つ。

田辺サクラ:ベテラン女性会員。園芸の知識豊富でトメ子に情報を提供するが、過去の対立が事件に絡む。


町内関係者・サブキャラクター

老人会メンバー(複数):庭園の手入れを手伝う高齢者たち。事件目撃情報や小さな矛盾を提供。

町内会長・吉田:事件解決に協力するが、内部事情には口をつぐむことも。

郵便配達員・石田:事件当日の庭の様子を偶然目撃。小さなヒントをトメ子に渡す。

花屋の小林:特殊な肥料や鉢の入手ルートを知る。犯人特定に重要な情報源。



 

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☆次回予告

新シリーズ始動!

明智小誤郎シリーズ

『土曜ワイルド劇場 明智小誤郎と(そう)(えい)の美女、血煙の断末魔! ~美貌の令嬢に忍び寄る陰謀と、館に満ちる官能と絶望の夜~』

「冷たい瞳の美女と、奇想天外な探偵――事件はここから始まる!」
「夜の館――美と恐怖が交錯する場所。」
「黒いドレスの美女――沈黙のまま真実を見つめる。彼女は果たして...
「赤いリボンが殺人を告げ、怪事件次々と襲いかかる。」
探偵・明智小誤郎の珍推理果たして事件を解き明かせるのか?」


『土曜ワイルド劇場 明智小誤郎と(そう)(えい)の美女、血煙の断末魔!』
美しく、冷たく、恐ろしく――逃げられない館の謎。

10月6日頃公開予定

お楽しみに!


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