『土曜ワイルド劇場 明智小誤郎と蒼影(そうえい)の美女、血煙の断末魔!』~第1話

 


登場人物紹介

明智 小誤郎(あけち こごろう)
自称・名探偵。名推理を披露するつもりが、なぜか珍推理ばかりが飛び出す男。
しかしその奇妙な視点が、やがて事件の核心に迫ることになるのか……

青井 澄恵(あおい すみえ)
妖艶にして冷ややかな美女。黒いドレスを纏い、沈黙のまま館の空気を支配する。
彼女の正体と目的は、最後まで謎に包まれている。

黒川 男爵
この館の主人。華美で芝居がかった振る舞いを好み、「恐怖と美の饗宴」を口にする奇人。
彼の館で繰り広げられる数々の怪事件の中心人物。

カレン
勝気で行動的な女性。小誤郎の推理に鋭いツッコミを入れつつも、事件に深く関わっていく。
軽妙な言葉の裏に、真実を見抜く勘の鋭さを秘める。

金剛 力松(こんごう りきまつ)
剛毅な風貌を持つ男。冷静な判断力と力強さで、場の均衡を保つ存在。
時に小誤郎の暴走を止め、時に彼を支える。

灰田 幸吉(はいだ こうきち)
画家。黒川家に飾られた不気味な肖像画 (蒼影の美女)を描いたとされる男。
その作品は館の空気に不可解な影を落とす。

仮面のピアニスト
仮面舞踏会の夜に現れる謎の楽師。
艶やかな旋律の裏に、どこか不穏な気配を漂わせる。

白石 博士
神経質な学者。常に眼鏡を押し上げ、冷静に物事を分析するが……その研究対象は不明。
事件の渦中で何を見抜くのか。

銀子(ぎんこ)
黒川家のメイド。静かに男爵に仕え

古井戸 源次
庭師。館の敷地を管理する穏やかな人物。




1話「血塗られた開幕の夜」

 その夜、黒川男爵の館は――まるで時代に取り残された古城のように、濃霧の海に孤島のごとく浮かんでいた。
 門をくぐると、冷たい風が頬を撫で、重苦しい雲が月を覆い隠す。石畳を叩く靴音は、不気味に長い回廊へと吸い込まれていく。

 館の佇まいは、荘厳と不吉の極み。
 灰色の石造りの壁は百年の秘密を閉じ込めてなお崩れず、窓という窓には深紅のカーテンが垂れ下がり、まるで血を吸った絹布が風に揺れているかのようだった。
 高くそびえる玄関扉は人を拒むかのように黒光りし、真鍮のノッカーが獣の口のように開いている。その扉を開けば――重厚な蝶番が呻き声を上げ、来訪者は否応なく異界へと迎え入れられるのである。

 館の内部はさらに圧巻であった。
 廊下には古の貴族たちの肖像画が整然と掛けられ、その瞳は生者を値踏みするように光っていた。蝋燭の炎は長く揺らめき、壁に伸びた影はまるで別の意思を持つ生き物のように、訪問者の後ろを忍び歩いている。
 天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、無数の水晶が光を砕き、眩くも不穏な輝きを振り撒いていた。それは祝祭の輝きにして、同時に葬列の燭台のようでもあった。

 そして――その夜は特別な夜であった。
 黒川男爵が、血統ある友人と奇矯な親族、そして得体の知れぬ来訪者たちを集め、華々しくも不気味な晩餐会を催したのである。

 長大なテーブルは雪のように白いクロスに覆われ、その上に置かれた燭台は金色に輝き、銀の食器は冷たく光を跳ね返していた。ワインは宝石のように赤く、料理の香りは華やかなのに、どこか土の匂いを思わせるものが混ざり込んでいた。
 招かれた者たちは、皆どこか影を背負い、ぎこちない笑みを張り付けて座っていた。笑えば笑うほど、不安が隙間から滲み出るのだった。

 

 そして――その場に、ひときわ異彩を放つ女の姿があった。

 青井澄恵。
漆黒の髪をきっちりと結い上げ、漆黒のドレスを纏い、雪より白い肌を持つその女は、微笑みすら浮かべずに佇んでいた。
 深い蒼の瞳は人の心を覗き込む氷の井戸のように澄み切り、彼女が視線を向けるだけで、誰もが一瞬にして息を止める。
 ――あまりに美しく、あまりに冷ややかで、あまりに不吉。
 その場の空気を支配するのに、彼女は一言も発する必要がなかった。

 やがて、館の主・黒川男爵が立ち上がる。
 金糸の刺繍を施した衣装を纏い、芝居がかった仕草で両腕を広げる。
「おお……集いし魂たちよ! 恐怖と美と狂気の饗宴へようこそ!」
 その声は石壁に反響し、客人たちは誰もが微笑むしかなかった。――微笑みながら、背筋に走る悪寒を抑えつつ。

 

「饗宴? ただの晩餐会では?」
 カレンがすかさず突っ込み、眉をひそめた。勝気で行動的なその物言いに、場が少し和らぐ。

「はっはっは! お嬢さんは鋭い! だがここは館、何が起こっても不思議ではないのだよ!」
 男爵は芝居がかった笑い声をあげ、ワイングラスを掲げた。

……やれやれ、落ち着いた方がよろしい」
 金剛力松が低い声で割って入る。鍛え上げられた体躯を持つ彼は、常に冷静沈着。だがその存在感は、暴れる誰かを片手で押さえ込むような安定感を放っていた。

 さらにもう一人、神経質そうに眼鏡を押し上げる白石博士が咳払いをした。
「くだらん騒ぎだ。私はただ観察に来ただけだ。……もっとも、ここには実験室よりも奇怪な現象が渦巻いているようだが」
 その言葉に誰かが小さく笑ったが、博士は真剣そのものだった。

 テーブルの隅には、画家・灰田幸吉がいた。
 彼は無言でワイングラスを傾け、何かをじっと見ている。
 それは壁に掛けられた、自らが描いたとされる不気味な肖像画だった。
 絵の中の人物がこちらを笑っているように見え、誰もが目を逸らしたくなる。

 しかしそんなどこかぎこちない雰囲気をいきなり破ったのは――場違いなほど元気な声だった。
「ふふふ……皆さま、ご安心を! 私が名探偵、明智小誤郎でございます!」
 シルクハットを斜めにかぶり、胸を張って名乗りを上げる。

……え、誰ですか?」とカレンが首を傾げた。
「探偵です!」小誤郎は誇らしげに二度繰り返す。
「誰も呼んでませんけど?」
「呼ばれずとも現れる――それが探偵なのです!」

カレンが男爵に向かって、小誤郎を指さしながら問いただした。
「誰ですか、この人は?」

男爵は一瞬だけ目を瞬かせ、そして豪快に笑い飛ばした。
「は、は、は! 誰だか知らんが、面白そうな紳士ではないか!」

 場の空気はさらに妙な方向に傾き、困惑した笑いが広がった。

 

誰もが困惑の笑みを浮かべる中、澄恵だけはただ無言で彼を見つめていた。
 その瞳の底に、何か冷たい光がちらりと揺れた。


――やがて饗宴は佳境に入り、館の広間は賑やかな声と杯の音で満ちていった。
 だがその熱気を切り裂くように、突如として鋭い悲鳴が響き渡る。

 それは庭から聞こえた。声の主はこの館のメイド、銀子であった。
 宴席の空気は一瞬にして凍りつき、誰もが血の気を失った顔で立ち上がる。

 その突然の悲鳴に驚き、庭へ駆けつけると、庭師・古井戸源次が倒れていた。首には赤いリボンがきつく結ばれている。
 月光の下、血のように鮮やかな紅が、異様に映えていた。

「おお……なんということだ!」黒川男爵が天を仰ぐ。
「死因は……リボンですな!」小誤郎が指差した。
「いや、窒息死じゃないですか?」と白石博士が突っ込む。
「つまり! この館リボンを持っている人間が犯人だ!」
「全員ですよ!?」カレンが即答した。

 場は騒然となり、筋骨隆々の執事・金剛力松は「犯人ならワシが力でねじ伏せますぞ!」と拳を振り上げる。
「落ち着いてください!」と博士が止めるが、逆に家具が壊れただけだった。

「と、とにかく警察に!」カレンが声を震わせる。
金剛力松も頷き、「電話室は館の奥です。すぐに――」と走りかけた、その時。

「待て!」
男爵の低く鋭い声が響き、一同の動きが止まった。
「この館から外に連絡を取ることは許さぬ! わしの晩餐の夜を、無粋な警官どもに乱されてたまるものか!」

「な、何を言ってるんですか!」カレンが怒鳴る。
「死人が出てるんですよ!」

しかし男爵は、豪奢なマントを翻しながらも、顔色は蒼ざめていた。
「ふ……ふはは……恐怖と美の饗宴は、まだ始まったばかりなのだ……
その笑い声はどこか上ずり、眼差しには怯えが滲んでいた。

誰もが不安を抱えながら、男爵に促されるまま屋敷の中へ引き返していく。
月光に照らされた庭には、源次の亡骸と赤いリボンだけが取り残され、不吉に静まり返っていた。

 

 その喧騒の中で、青井澄恵は一人、血に染まったリボンを拾い上げた。
 月光に照らされるその姿は、場違いなほど妖しく、そして美しかった。
 彼女は唇をわずかに動かし、低く呟く。

……これは、始まりにすぎない。」

 誰もが息を呑んだ。
 その声だけは、騒がしい夜に不気味なほど澄んで響いたのだった。



次回予告

――第二の犠牲者が広間に飾られた肖像画の前で発見される。
血に濡れた絵具、笑う顔、囁く影。
「これは呪いの絵画による犯行です!」と小誤郎が高らかに叫ぶとき、館はさらに混沌の渦へ――

次回、第2話『笑う肖像画』
どうぞお楽しみに。


 

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