『田所トメ子の事件簿~にゃんこパラダイスの炎上と保険金の謎』 第2話

 


第2話 猫たちの行動と保険金

 猫カフェ「にゃんこパラダイス」の焼け跡は、一晩で「事件現場」から「噂の観光地」へと変貌していた。
 立入禁止テープの外には、スマホを構えた野次馬と、なぜか増えている猫グッズ好きが集まっている。

「人って、燃えた後のほうが集まるのね」

 トメ子は腕を組んでつぶやいた。

SNS映え、ってやつだね」

 隣でケイジが適当なことを言う。今日はドローンを持ってきていない。昨日、遠藤課長に「次に落としたら押収する」と言われたからだ。

「お母さん、あそこ」

 ユキが指さした先には、焼け残った裏口付近がある。警察の鑑識が写真を撮り、何やらメモを取っていた。

「裏口、重要そうね」

「猫の足跡も多いし」

「そこ?」

 ケイジが首をかしげる。

「普通は、猫が一斉に逃げたら、もっとぐちゃぐちゃになるはずなの。でも、ここ……

 トメ子は目を細める。

「通路みたいに、きれいすぎる」

 猫たちは、混乱して逃げたのではない。
 知っていて動いた。
 その違和感が、トメ子の中で静かに大きくなっていた。


 その日の午後、トメ子は遠藤課長に呼ばれ、簡易的な事情聴取の場に顔を出していた。

「で、田所さんの意見は?」

「まだ推理というほどじゃないですけど」

 トメ子は穏やかに前置きする。

「猫たちの行動が、事故にしては整いすぎている。誰かが安全なタイミングを作った可能性はあるわね」

「放火?」

「あるいは、事故を装った何か」

 遠藤はうなずき、資料をめくった。

「保険会社も同じ線を見ている。火災保険だけじゃない。ペット保険の額が、かなり高い」

「猫一匹ずつ、ですか?」

「ええ。しかも、最近見直しが入っている」

 その言葉に、トメ子は一瞬だけ眉を上げた。

「見直し……最近?」

「火事の一か月前だ」

 偶然にしては、少し出来すぎている。


 その夜、トメ子は常連客たちの話を聞くため、近所の喫茶店に顔を出していた。
 偶然を装って、だが耳は全力で立てている。

「リナさん、最近お金の話してたよね」

 そう言ったのは、高橋ナナだった。

「カフェ、もっと派手にするって。猫用のフードも、やたら高いの使い始めて」

SNSの写真も、急に豪華になったよね」

 従業員の佐藤アヤが、かすかにうなずく。

……保険の話も、してました」

「やっぱり」

 ナナが小さく息を吸う。

「猫に何かあったら大変だから、って。でも……

 言葉が途切れる。

「でも?」

 トメ子がやんわり促すと、アヤは視線を落とした。

「元彼のヒロトさんが、また連絡してきてたんです。『店、立て直す資金なら出す』って」

「元彼?」

「ええ。すごく、嫉妬深い人で……

 そのとき、ドアが開いた。

「俺の話?」

 現れたのは、山崎ヒロト本人だった。
 タイミングが良すぎて、逆に悪い。

「ただの心配だよ。リナは、無理してたから」

「心配で、夜中に店の裏まで来るんですか?」

 トメ子の一言に、ヒロトは言葉に詰まった。

……それは」

「猫はね」

 トメ子は静かに続ける。

「人間の感情の温度に、とても敏感なのよ」

 ヒロトは黙り込んだ。


 店を出ると、夜風の中で犬たちが騒いでいた。
 柴田マコトの柴犬・バブルが、やけに落ち着かない。

「この辺、嫌な匂いが残ってるんだろ」

 マコトが言う。

「犬も猫も、正直ね」

 トメ子は空を見上げた。

「人間より、ずっと」


――猫たち

 夜の店は、もうなかった。

 けれど、匂いは残っている。
 マシュマロは焼け跡の近くで立ち止まり、鼻をひくひくさせた。

 ここだ。

 火が生まれた場所。
 でも、それは暴れた火じゃない。
 管理された火。待っていた火。

 ラテは棚の上――だったはずの場所を見上げ、チョコミントは床に耳を伏せる。

 人間は気づかない。
 火にも、性格があることを。

 マシュマロは一度だけ、短く鳴いた。

 「これは、事故じゃない」

 誰に向けたわけでもない。
 ただの事実だ。


 帰り道、ユキがぽつりと言った。

「ねえ、お母さん」

「なあに?」

「人間ってさ、保険とかお金とか理由つけるけど」

「ええ」

「本当の理由、もっとしょうもないこともあるよね」

 トメ子は笑った。

「鋭いわね」

 火事の理由は、まだ霧の中だ。
 だが、猫たちはすでに答えの輪郭を知っている。

 あとは、人間が追いつくだけ。


次回予告 第3話「人間関係の複雑さ」

 元恋人、従業員の想い、常連客の噂。
 火事の裏で絡まり合う、人間関係。

 ユキは猫の行動から「鍵」の存在に気づき、
 トメ子は保険金目的という分かりやすい答えに違和感を覚える。

 事故か、計画か。
 そして――本当に欲しかったものは何だったのか。

 猫は、すでに知っている。

 

登場人物と猫

田所トメ子:主婦探偵、観察力と推理力で微妙な違和感を見逃さない

田所ケイジ:夫、ドローンやスマホで証拠撮影するもドジ

田所ユキ:娘、猫・犬目線で小さなヒントを見つける

店主・花村リナ:猫カフェオーナー、派手好きでSNS好き、ペット保険に加入済み

従業員・佐藤アヤ:店の新人、店主に片思い中

元彼・山崎ヒロト:リナの元恋人、嫉妬深くトラブルメーカー

常連客・柴田マコト:犬派の近隣住民、猫カフェ批判派

常連客・高橋ナナ:猫好きでSNSで猫自慢、犯人・ミスリード役

警察官・遠藤課長:現場担当、トメ子の過去の事件を知っており協力的

警察官・新米・田中巡査:現場助手

猫たち(名前重視)

マシュマロ(白猫・リナの看板猫)

ラテ(三毛猫・高橋ナナの飼い猫)

チョコミント(黒猫・アヤの猫)

モカ(茶トラ・常連猫)

犬たち(名前重視)

バブル(柴田マコトの柴犬

スノウゴールデンレトリバー・常連犬)

ポンム(フレンチブル・ユキの友達犬)



にほんブログ村 小説ブログ ミステリー・推理小説へ
にほんブログ村

コメント