『田所トメ子の事件簿~にゃんこパラダイスの炎上と保険金の謎』 第3話

 


第3話 人間関係の複雑さ

 人間関係というものは、だいたい燃えやすい。
 火がなくても、勝手にくすぶる。

 猫カフェ「にゃんこパラダイス」の焼け跡を前に、田所トメ子はそんなことを考えていた。

「今日は警察じゃなくて、噂のほうを見に来たの」

「噂?」

 隣でケイジが首をかしげる。今日ドローンは持っていない。遠藤課長からの強いお願いがあったからだ。

「事件の周りに集まる噂はね、だいたい人間関係の形をしてるのよ」

「へえ……

「で、その形が一番崩れてるところに、火種が落ちてる」

 ケイジは分かったような分からないような顔でうなずいた。

 その日の午後、トメ子は従業員の佐藤アヤと話をする機会を得た。
 場所は近所の公園。ベンチの間を、黒猫のチョコミントが気ままに歩いている。

「アヤさん、無理に話さなくてもいいのよ」

「いえ……少し、整理したくて」

 アヤはそう言って、膝の上で指を絡めた。

「リナさん、最近ピリピリしてたんです。お金のことも、人のことも」

「人のこと?」

……ヒロトさんです」

 元恋人、山崎ヒロト。
 リナに付きまとっていたと思われる男だ。

「また連絡が来てたんです。『俺がいないと無理だろ』って」

「それは、優しさ?」

「いいえ」

 アヤは首を振った。

「支配、です」

 その言葉は軽く、だがはっきりしていた。

「火事の前の日も、店の裏で言い争ってました。リナさん、『もう関係ない』って」

「時間は?」

「閉店後……たぶん、夜十時過ぎ」

 トメ子の中で、いくつかの時刻が静かに並び始める。

 一方その頃、別の場所でも人間関係は絡まっていた。

「やっぱり、保険金狙いじゃないの?」

 声を張り上げていたのは、犬派代表・柴田マコトだった。
 柴犬のバブルは足元で落ち着きなく尻尾を振っている。

「猫カフェなんて火事出せば丸儲けだろ」

「丸儲けって……

 近くにいた高橋ナナが、苦笑いを浮かべる。

「そんな簡単な話じゃないですよ」

「でも保険、かなり入ってたんだろ?」

 マコトの言葉に、周囲の空気が少し重くなる。

 ――保険。
 便利で、分かりやすくて、そして疑いやすい言葉。

 トメ子は少し離れたところから、その様子を観察していた。

「人はね」

 小さくつぶやく。

「分かりやすい動機が好きなのよ」

 夕方、トメ子は遠藤課長に呼ばれ、警察署を訪れた。

「新しい証言が出た」

 遠藤は資料を机に置く。

「火事当日の出入りについてだ」

「出入り?」

「裏口の鍵が、内側から一度閉められている可能性がある」

 トメ子の目が、わずかに細くなる。

「それは……

「外部犯行を装った内部関与、という線も出てくる」

「猫たちは?」

「逃げている。しかも、ほぼ全員無事だ」

 遠藤は一拍置いて続けた。

「まるで、逃げる時間を知っていたみたいにな」

 トメ子はうなずいた。

「ええ。猫は、嘘を信じないですから」

 帰り道、ユキがトメ子の袖を引いた。

「お母さん、見て」

 指さす先には、焼け跡近くの裏口ドアがある。
 まだ規制線は張られているが、鍵穴はよく見える。

「ここ、変じゃない?」

「どう変?」

「鍵、閉めるときの傷が新しい」

 トメ子はしゃがみ込み、目を凝らした。

……確かに。外から乱暴にじゃない。慣れた手つき」

「ねえ」

 ユキは続ける。

「猫たち、ここ通ったんだよね?」

「ええ」

「じゃあ、鍵を閉めた人は、猫が通るのを知ってた?」

 その一言で、空気が変わった。

……鋭いわね」

 トメ子は静かに立ち上がった。

「猫の動線を知っている人間」

 それは、容疑者を一気に増やす条件でもあった。

 

――猫たち

 人間の声は、遠くで波みたいに揺れている。

 マシュマロは、焼け跡の縁で座っていた。
 匂いはもう薄い。それでも、記憶は残っている。

 あの夜。
 鍵の音。

 カチリ、という音は怖くなかった。
 知っている音だったからだ。

 誰の匂いかも、分かっていた。
 でも、それが悪意かどうかは、猫には関係ない。

 火は、管理されていた。
 逃げる時間は、確かにあった。

 それだけが事実だ。

 マシュマロは目を細め、尻尾を一度だけ動かした。

 ――人間は、理由を探す。
 猫は、起きたことだけを見る。

 

 夜、田所家の食卓。

「つまりさ」

 ケイジが箸を止める。

「元彼も怪しいし、従業員も怪しいし、常連も怪しい」

「犬派もね」

「犬派は関係ないだろ」

「偏見は良くないわ」

 トメ子は味噌汁を一口飲み、言った。

「でもね。一番怪しいのは、いかにも怪しい理由なのよ」

「保険金?」

「ええ。便利すぎる」

 ユキが頷く。

「本当は、もっと別の理由かも」

「たとえば?」

「うーん……感情?」

 トメ子は微笑んだ。

「そう。人間関係は、火より燃えやすいから」

 事件はまだ、核心に触れていない。
 だが、疑念は十分に広がった。

 犯人は、まだ分からない。
 

 

次回予告 第4話「証拠と警察の協力」

 焦げ跡、消火器、鍵の位置。
 現場に残されたが、少しずつ語り始める。

 遠藤課長はトメ子の推理を正式に後押しし、
 ケイジのドローンが、思わぬ角度から証拠を捉える。

 一方、犬派・柴田マコトの行動にも違和感が――

 人間の嘘と、猫の事実。
 事件は、静かに収束へ向かい始める。

 だが、真犯人は――まだ、笑っている。

 

登場人物

田所トメ子:主婦探偵、観察力と推理力で微妙な違和感を見逃さない

田所ケイジ:夫、ドローンやスマホで証拠撮影するもドジ

田所ユキ:娘、猫・犬目線で小さなヒントを見つける

店主・花村リナ:猫カフェオーナー、派手好きでSNS好き、ペット保険に加入済み

従業員・佐藤アヤ:店の新人、店主に片思い中

元彼・山崎ヒロト:リナの元恋人、嫉妬深くトラブルメーカー

常連客・柴田マコト:犬派の近隣住民、猫カフェ批判派

常連客・高橋ナナ:猫好きでSNSで猫自慢、犯人・ミスリード役

警察官・遠藤課長:現場担当、トメ子の過去の事件を知っており協力的

警察官・新米・田中巡査:現場助手

猫たち(名前重視)

マシュマロ(白猫・リナの看板猫)

ラテ(三毛猫・高橋ナナの飼い猫)

チョコミント(黒猫・アヤの猫)

モカ(茶トラ・常連猫)

犬たち(名前重視)

バブル(柴田マコトの柴犬

スノウゴールデンレトリバー・常連犬)

ポンム(フレンチブル・ユキの友達犬)



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