『田所トメ子の事件簿~にゃんこパラダイスの炎上と保険金の謎』 第4話

 


第4話 証拠と警察の協力

 証拠というものは、だいたい無口だ。
 こちらから話しかけない限り、黙って焦げている。

……静かね」

 猫カフェ「にゃんこパラダイス」の焼け跡で、田所トメ子はそうつぶやいた。
 事件から数日。現場はすっかり片づけられ、残っているのは黒ずんだ床と、消えきらない匂いだけだ。

「静かっていうか、もう何もないよ」

 ケイジが周囲を見回す。今日は久々にドローンを抱えている。

「今日は許可付きだから」

「それ、昨日五回くらい言ってたわよ」

 トメ子は苦笑した。

 その少し後ろで、遠藤課長が腕を組んでいる。警察の立場としては異例だが、今回はトメ子の立ち会いを正式に認めた形だった。

「君の推理は、現場と矛盾していない」

 遠藤は低い声で言う。

「事故と見るには、整いすぎている」

「猫たちの動線、ですか」

「ああ。それと、これだ」

 遠藤が示したのは、床に残った白い粉の跡だった。

「消火器?」

「使われている。だが、初期消火としては不自然だ」

 トメ子はしゃがみ込み、床に指を伸ばす。

「火が広がる前に、一度抑えている。でも――

「完全には消していない」

「ええ。燃えることを止めるつもりはなかった」

 遠藤は小さく息を吐いた。

「君が警察にいなくて良かったよ」

「褒めてます?」

「半分な」

 そのときだった。

「お母さん」

 ユキが、少し離れた裏口のほうから呼んだ。

「こっち、変」

「どれ?」

「ここだけ、焦げ方が違う」

 近づくと、確かに裏口付近の壁は、他よりも黒さが薄い。

「火が、遠慮してるみたい」

 ユキの表現に、トメ子は思わず笑った。

「いい言い方ね」

 火は、一直線に広がるものだ。
 障害物がなければ。

……ここ、何か置いてあったわね」

 トメ子は記憶をたどる。

「猫用の棚」

 ケイジが言った。

「高さがあって、裏口の前」

「つまり」

 トメ子は立ち上がる。

「一時的に、火を遮るがあった」

 遠藤が頷いた。

「意図的だな」

「ええ。猫たちが通る時間を確保するため」

 その言葉に、遠藤は一瞬だけ表情を変えた。

「猫の避難を、計算に入れている」

「猫を知っている人間です」

 誰かの顔が、いくつか脳裏をよぎる。

 その中に、犬派の柴田マコトも含まれていたのが、トメ子自身少し意外だった。

 ――犬派は、猫を見ない。
 だが、見ないふりをする人間は、むしろよく見ている。

「柴田さん、最近この辺をうろついてますよね」

 トメ子の言葉に、遠藤は資料をめくった。

「火事の翌日からな。『犬の散歩コースだ』と言っているが」

「バブル、今日は来てませんね」

「ああ。珍しく」

 犬が来ない場所に、人間だけが来る理由。

……ケイジ」

「はい?」

「上から、見られる?」

「もちろん」

 ケイジは得意げにドローンを飛ばした。

「今回は落とさないよ」

「フラグ立てないで」

 ドローンは安定した音を立て、焼け跡を俯瞰する。

「おお……

 ケイジが声を上げた。

「裏口から、ちょうどこの位置」

「何が見える?」

「足跡……じゃないな。タイヤ痕?」

 遠藤が一歩前に出た。

「タイヤ?」

「小型の……台車かな」

 画面には、裏口付近から道路まで、うっすらと残る直線が映っていた。

「重いものを、短時間で運んでる」

 トメ子は画面を見つめる。

「火事の前か、直後」

「直後なら、警察や近隣が気づく」

「なら、前」

 消火器。棚。台車。

……準備が良すぎる」

 遠藤は頷いた。

「衝動犯じゃない」

「でも、動機はまだ見えない」

 そのとき、遠くで声がした。

「だから言っただろ!」

 柴田マコトだった。
 腕を振り上げ、誰かに向かって話している。

「猫カフェなんて危ないんだよ! 火も管理できない!」

 相手は、高橋ナナだった。

「決めつけはやめてください」

「決めつけ? 火事は事実だろ!」

 ナナはラテを抱え、唇を噛んだ。

……猫は、悪くない」

 そのやり取りを、トメ子は静かに見ていた。

「感情が、揺れてる」

 遠藤が小さく言う。

「どっちが?」

「両方」

 トメ子は答えた。

「でも、揺れ方が違う」

 柴田の怒りは、外向きだ。
 ナナのそれは、内向き。

 ――どちらが火に近いか。

 その夜。

 田所家のリビングで、トメ子は資料を広げていた。

「証拠は、そろってきたね」

 ケイジが言う。

「でも、決め手がない」

「ええ」

 ユキが猫用クッションに座りながら言った。

「でもさ」

「なあに?」

「犯人、猫のこと好きだよね」

 その一言に、空気が止まった。

「嫌いな人は、助けない」

 ユキは続ける。

「逃げ道、作らない」

 トメ子は、静かにうなずいた。

……そうね」

 そして、思った。

 猫を助けた理由は、
 善意か、
 それとも――自己満足か。

 

――猫たち

 夜は、静かだ。

 マシュマロは、仮住まいの窓辺に座っていた。
 遠くで車の音がする。

 あの夜のことは、もう思い出さない。
 必要ないからだ。

 火は、予告してきた。
 人間の匂いと一緒に。

 でも、怖くはなかった。

 逃げ道があったから。

 誰かが、作った。

 理由は知らない。
 知る必要もない。

 猫は、生き延びるだけだ。

 ただ一つ、覚えている匂いがある。

 少し甘くて、少し苛立っていて、
 そして――どこか、子どもっぽい匂い。

 マシュマロは目を閉じた。

 答えは、もう近い。

 事件は、終わりに向かっている。
 だが、人間の動機は、まだ火の中だ。


次回予告 最終話(第5話)

 すべての証拠が、ひとつにつながる。
 猫の行動、保険金、準備された火。

 犯人は、誰だったのか。
 そして、その理由は――なぜ、こんなにも小さいのか。

「動機ってね、立派じゃなくていいのよ」

 トメ子がたどり着く、意外すぎる真実。

 猫は、最初から知っていた。
 人間だけが、遠回りしていただけだ。

 最終話、解決編。


登場人物

田所トメ子:主婦探偵、観察力と推理力で微妙な違和感を見逃さない

田所ケイジ:夫、ドローンやスマホで証拠撮影するもドジ

田所ユキ:娘、猫・犬目線で小さなヒントを見つける

店主・花村リナ:猫カフェオーナー、派手好きでSNS好き、ペット保険に加入済み

従業員・佐藤アヤ:店の新人、店主に片思い中

元彼・山崎ヒロト:リナの元恋人、嫉妬深くトラブルメーカー

常連客・柴田マコト:犬派の近隣住民、猫カフェ批判派

常連客・高橋ナナ:猫好きでSNSで猫自慢、犯人・ミスリード役

警察官・遠藤課長:現場担当、トメ子の過去の事件を知っており協力的

警察官・新米・田中巡査:現場助手

猫たち(名前重視)

マシュマロ(白猫・リナの看板猫)

ラテ(三毛猫・高橋ナナの飼い猫)

チョコミント(黒猫・アヤの猫)

モカ(茶トラ・常連猫)

犬たち(名前重視)

バブル(柴田マコトの柴犬

スノウゴールデンレトリバー・常連犬)

ポンム(フレンチブル・ユキの友達犬)

 


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