『田所トメ子の事件簿~にゃんこパラダイスの炎上と保険金の謎』 第5話・最終話
最終話(第5話)
真犯人と、その動機
結論から言うと、火は計算されていた。
そして、理由は――驚くほど計算されていなかった。
田所トメ子は、焼け跡から少し離れた仮設の集会所で、全員の顔を順に見渡していた。
遠藤課長、ケイジ、ユキ。
従業員の佐藤アヤ。
元彼の山崎ヒロト。
犬派の柴田マコト。
そして、三毛猫ラテを抱いた常連客、高橋ナナ。
ここにいる全員が、何らかの形で「にゃんこパラダイス」に関わっていた。
「そろいましたね」
トメ子は、いつものように穏やかな声で切り出した。
「今日は、推理を披露する場じゃありません」
「……?」
遠藤課長が眉を上げる。
「これは、確認です。人間が、どこで間違えたのか」
その言葉に、場の空気が少し引き締まった。
「まず、火事は事故ではありませんでした」
誰も反論しない。
「放火です。ただし、衝動的なものでも、完全犯罪を狙ったものでもない」
トメ子は資料を一枚、机に置いた。
「小型電気ストーブ。火元はこれ。倒れやすい位置に置かれ、転倒防止機能が一時的に無効化されていた」
ヒロトが顔をしかめる。
「そんなこと、素人にできるのか?」
「ええ」
トメ子はあっさり答えた。
「説明書を読めば」
ケイジが小さく頷いた。
「ネットにも出てるしね……」
「問題は、その次です」
トメ子は続ける。
「消火器が使われていた。でも、完全には消さなかった。なぜ?」
「時間稼ぎ、か」
遠藤課長が言う。
「そうです。火を“育てる”ためじゃない。待つため」
視線が、一斉にトメ子に集まる。
「猫たちが、逃げる時間を確保するためです」
アヤが、はっと息をのんだ。
「猫が全員助かったのは、偶然じゃない」
「ええ」
トメ子は静かに頷く。
「避難経路は事前に確保され、棚で火を遮り、裏口は内側から一度だけ閉められた」
ユキが補足する。
「猫が通り終わったあとにね」
その瞬間、高橋ナナの腕の中で、ラテが小さく鳴いた。
「……次に」
トメ子は話を続ける。
「犯人は、猫の行動をよく知っていた。ストレスサインも、匂いへの反応も」
柴田マコトが鼻で笑う。
「だからって、猫好き全員が犯人になるわけじゃ――」
「そうですね」
トメ子は即座に同意した。
「だから、次の条件です」
一拍、置く。
「犯人は、猫が“好き”でした。でも――」
トメ子の声が、わずかに低くなる。
「店主は、どうでもよかった」
その言葉に、空気が凍った。
ナナの指先が、ラテの毛を強くつかむ。
「猫を助ける計画は、完璧でした。でも、人間一人が中にいる可能性を、あなたは真剣に考えていなかった」
ヒロトが口を開く。
「それは……」
「あなたじゃない、ヒロトさん」
トメ子は首を振った。
「あなたは感情的すぎる。計画に向かない」
ヒロトは何も言えなくなった。
「佐藤さんも違う」
アヤは驚いた顔をする。
「あなたは、リナさんを守ろうとする側だった」
トメ子の視線が、最後にナナに向く。
「高橋ナナさん」
ナナは顔を上げない。
「あなたは、猫が好きでした。自分の猫が、一番可愛いと信じていた」
ラテが、ナナの腕の中で身じろぎする。
「でも、店主の猫フードが、気に入らなかった」
その瞬間、柴田が吹き出した。
「は?」
トメ子は、淡々と続ける。
「SNSに並ぶ写真。高級フード。『今日のマシュマロ』『ラテより豪華』」
ナナの肩が、震え始める。
「あなたは最初、ただ腹を立てていただけ。でも――」
トメ子は、少しだけため息をついた。
「その怒りを、正当化する理由を探し始めた」
「……保険金」
遠藤課長が言う。
「ええ。でも、保険金は“理由”であって、“動機”じゃない」
トメ子はナナを見つめる。
「本当の動機は、もっと小さい」
沈黙。
「――ムカついたんです」
ナナが、ぽつりと言った。
全員が、息を止める。
「だって……」
ナナは涙をこぼしながら、笑った。
「ラテのごはん、あんなに頑張って選んでるのに……」
声が、震える。
「他人の店の猫のほうが、いいもの食べてるなんて……」
しばらく、誰も言葉を発せなかった。
遠藤課長が、静かに言う。
「……それで、人が死んだ」
ナナは、崩れるように座り込んだ。
「殺すつもりじゃなかった……猫は、絶対助かるって……」
「ええ」
トメ子は、はっきり言った。
「猫は助かりました」
だからこそ。
「あなたは、自分の計画を“失敗”だと思っていなかった」
ナナは、顔を覆った。
「動機ってね」
トメ子は、最後にそう言った。
「立派じゃなくていいのよ。だからこそ――」
視線をナナに向ける。
「向き合わなきゃいけない」
遠藤課長が立ち上がる。
「高橋ナナさん、放火及び業務上過失致死の容疑で――」
ナナは抵抗しなかった。
エピローグ
高橋ナナが連行されたあと、現場には不自然なほど整った沈黙が残った。
誰もが「これで終わった」という顔をしている。
だが、終わったのは事件だけで、事情は何も片づいていなかった。
「……結局、理由はそれだけだったんですね」
佐藤アヤの声には、驚きよりも、呆れが混じっていた。
「ええ」
トメ子は頷く。
「“それだけ”が、人を一番動かすこともあるのよ」
ヒロトは、壁を見つめたまま動かなかった。
「俺は……」
「言わなくていいわ」
トメ子は遮る。
「後悔は、事件の解決には何の役にも立たない」
遠藤課長が、書類を閉じながら言った。
「正直なところ、もっとマシな動機を期待していた」
「警察らしいですね」
「犯人にも、どこか納得できる理由が欲しい」
トメ子は、少しだけ微笑んだ。
「それは、被害者のためじゃない」
遠藤は黙った。
「人間はね」
トメ子は続ける。
「“くだらない理由で起きた”って事実を、一番受け入れられないんです」
数日後。
にゃんこパラダイスの跡地には、また人が集まっていた。
花。
手紙。
そして、写真。
「悲しい事件でした」
「許せません」
「二度とこんなことが起きませんように」
ユキが、紙を一枚読み上げる。
「……これ、誰に向けて書いてるんだろ」
「さあ」
トメ子は答える。
「たぶん、自分たちに」
フェンスの向こうで、マシュマロがあくびをした。
花にも、言葉にも、特に興味はない。
彼女にとって重要なのは、
日向があるか、
ごはんが出るか、
眠れるか。
それだけだ。
人間は、反省文を書く。
猫は、昼寝をする。
――猫たち
火は、もう来ない。
理由は知らないし、知る必要もない。
危なければ逃げる。
安全なら寝る。
それ以上の判断基準は、持たない。
猫は、賢い。
人間ほど、考えすぎない。
帰り道。
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「人間ってさ……」
ユキは言葉を探してから、続けた。
「また同じこと、すると思う?」
トメ子は、即答した。
「するでしょうね」
「え、そんなあっさり?」
「ええ。人間だもの」
ユキは少し驚いた顔をしてから、苦笑した。
「じゃあ、意味なかった?」
「意味はあるわ」
トメ子は歩きながら言う。
「“理由は大したことなかった”って記録が残る」
「それって……」
「抑止力にはならないけど、言い訳はしにくくなる」
ユキは納得したような、しないような顔をした。
「猫は?」
「猫は、何も学ばない」
「それでいいの?」
「ええ」
トメ子は空を見上げた。
「学ばなくて困るのは、人間だけだから」
にゃんこパラダイスは燃え、
犯人は捕まり、
世界は、少しも良くならなかった。
それでも、猫は今日も生きている。
人間はまた、理由を探す。
たぶん次も、
それは、どうでもいい理由だ。
――了――
登場人物
田所トメ子:主婦探偵、観察力と推理力で微妙な違和感を見逃さない
田所ケイジ:夫、ドローンやスマホで証拠撮影するもドジ
田所ユキ:娘、猫・犬目線で小さなヒントを見つける
店主・花村リナ:猫カフェオーナー、派手好きでSNS好き、ペット保険に加入済み
従業員・佐藤アヤ:店の新人、店主に片思い中
元彼・山崎ヒロト:リナの元恋人、嫉妬深くトラブルメーカー
常連客・柴田マコト:犬派の近隣住民、猫カフェ批判派
常連客・高橋ナナ:猫好きでSNSで猫自慢、犯人・ミスリード役
警察官・遠藤課長:現場担当、トメ子の過去の事件を知っており協力的
警察官・新米・田中巡査:現場助手
猫たち(名前重視)
マシュマロ(白猫・リナの看板猫)
ラテ(三毛猫・高橋ナナの飼い猫)
チョコミント(黒猫・アヤの猫)
モカ(茶トラ・常連猫)
犬たち(名前重視)
バブル(柴田マコトの柴犬)
スノウ(ゴールデンレトリバー・常連犬)
ポンム(フレンチブル・ユキの友達犬)
次回予告
『金田一ポン助霊怪事件帖-塗り壁の思惑』
夜道で、何もないはずの場所に“ぶつかる”。
引き返そうとすると、道が消える。
壁の向こうから、確かに聞こえる――「通して」。
山奥の塗壁村に染みついた、祟りの噂。
泥で塗り固められた社に、重ねられてきた封印。
そして、夜ごと増えていく、壁の中の“気配”。
消えた人間は、どこへ行ったのか。
壁に浮かぶ顔は、誰のものなのか。
境界の向こうで、何が息をしているのか。
金田一ポン助が踏み込んだ瞬間、
塗り壁は、ただの伝承ではなくなる。
次回――
壁は、止める。
だが、人は――越えてしまった。
闇の向こうで、真実が待っている。
3月2日(月)公開予定。お楽しみに!
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