『田所トメ子の事件簿~にゃんこパラダイスの炎上と保険金の謎』 第1話
登場人物
田所トメ子:主婦探偵、観察力と推理力で微妙な違和感を見逃さない
田所ケイジ:夫、ドローンやスマホで証拠撮影するもドジ
田所ユキ:娘、猫・犬目線で小さなヒントを見つける
店主・花村リナ:猫カフェオーナー、派手好きでSNS好き、ペット保険に加入済み
従業員・佐藤アヤ:店の新人、店主に片思い中
元彼・山崎ヒロト:リナの元恋人、嫉妬深くトラブルメーカー
常連客・柴田マコト:犬派の近隣住民、猫カフェ批判派
常連客・高橋ナナ:猫好きでSNSで猫自慢、犯人・ミスリード役
警察官・遠藤課長:現場担当、トメ子の過去の事件を知っており協力的
警察官・新米・田中巡査:現場助手
猫たち(名前重視)
マシュマロ(白猫・リナの看板猫)
ラテ(三毛猫・高橋ナナの飼い猫)
チョコミント(黒猫・アヤの猫)
モカ(茶トラ・常連猫)
犬たち(名前重視)
バブル(柴田マコトの柴犬)
スノウ(ゴールデンレトリバー・常連犬)
ポンム(フレンチブル・ユキの友達犬)
第1話 火事の朝と保険の噂
その朝、田所トメ子は味噌汁の鍋を火にかけたまま、スマホを二度見した。
「……猫カフェ、全焼?」
ニュース速報の見出しには、近所で評判の猫カフェ「にゃんこパラダイス」の名前が躍っている。しかも、ただの火事ではない。店主死亡の四文字が、主婦の朝には少々刺激が強すぎた。
「お母さん、味噌汁ふいてる」
娘のユキが冷静に指摘する。トメ子は慌てて火を止めた。
「だって、ほら……あそこ、マシュマロがいる店よ?」
「白くてふわふわで、写真撮るとだいたい逆光になる猫ね」
「そう、それそれ」
トメ子はエプロンを外しながら、すでに頭の中で別のスイッチが入っているのを自覚していた。
――あの店、確か火の元はかなり厳重だったはず。
「ケイジ、ちょっと散歩行くわよ」
「え、今? ドローンの充電まだ――」
「いいから。充電は歩きながらでもできるでしょ」
「できないよ!?」
こうして田所家は、なぜか全員で現場へ向かうことになった。
猫カフェ「にゃんこパラダイス」は、見る影もなく黒く焼け落ちていた。
甘いコーヒーと猫の毛が混ざった、あの独特の匂いは消え、代わりに鼻を刺す焦げ臭さが漂っている。
「うわ……」
ユキが小さく声を漏らした。その足元では、近所の犬たちが落ち着かない様子でリードを引っ張っている。
「やっぱりねえ。猫なんて火の管理ができないんだよ」
腕を組んでそう言ったのは、近隣住民の柴田マコトだった。柴犬のバブルを連れている、筋金入りの犬派である。
「ちょっと、決めつけはよくないわよ」
トメ子がやんわりと口を挟む。
「でも実際火事だろ? 猫がストーブ倒したとか」
「猫はね、危険な音や匂いには人間より敏感なの」
トメ子は焼け跡を見つめながら続けた。
「むしろ、逃げ遅れた理由のほうが気になるわ」
そのとき、背後から低い声がした。
「相変わらずだな、田所さん」
振り返ると、そこには警察官の遠藤課長が立っていた。少し白髪が増えたが、目の鋭さは変わらない。
「現場は立ち入り禁止だが……まあ、君ならいい」
「相変わらず甘いですね」
「いや、あの事件で君の観察眼は実証済みだ」
そう言って、遠藤は現場を示した。
「火元はまだ断定できていない。事故か、放火か……保険会社もすでに動いている」
「保険?」
トメ子の眉がわずかに動く。
「火災保険に加えて、ペット保険だ。猫カフェは珍しくないが、ペット保険の額がかなり大きい」
その言葉を聞いた瞬間、周囲の空気が少しざわついた。
「やっぱり金目当てじゃないの?」
どこからか、そんな囁きが聞こえる。
店主の花村リナは、派手な服と派手なSNSで有名だった。
毎日のように猫たちの写真をアップし、「今日のマシュマロ」「ラテのご機嫌」などとコメントを添えていた。
「SNS好きだったよね、リナさん」
そう話すのは常連客の高橋ナナだ。腕の中には三毛猫のラテがいる。
「保険にもちゃんと入ってたって聞いたし……」
「聞いた、って誰から?」
トメ子が何気なく尋ねると、ナナは一瞬だけ視線を逸らした。
「えっと、アヤちゃんとか……」
従業員の佐藤アヤは、少し離れたところでうつむいている。黒猫のチョコミントを抱え、目が赤い。
「リナさん……昨日も普通だったのに……」
「昨日?」
トメ子はすかさず反応した。
「ええ。閉店後、ストーブの位置を直してた。『猫が寒がるから』って」
その言葉に、トメ子は胸の内で小さくチェックを入れた。
一方その頃。
「おおっ、これは俯瞰で――うわっ!」
ケイジのドローンが、突然バランスを崩して落下した。
「ちょっと! 現場で何してるの!」
「だ、だって証拠になるかもって……」
ドローンは転がりながらも、なぜか録画を続けている。
「まあ……後で確認しましょう」
トメ子はため息をついた。
ユキはというと、人間たちから少し離れ、猫たちの様子を観察していた。
「ねえ、お母さん」
「どうしたの?」
「猫たち、みんな同じ方向を見てる」
指さす先には、裏口だったはずの場所がある。
「それに、逃げた跡がきれいすぎる。パニックなら、もっとバラバラになるはずなのに」
トメ子はゆっくりとうなずいた。
「……そうね。まるで、逃げるタイミングを知っていたみたい」
その言葉に、遠藤課長が腕を組む。
「君は、これは事故じゃないと?」
「まだ断定はしないわ」
トメ子は焼け跡を見渡しながら、静かに言った。
「でも、火事っていうのはね。人間より、猫のほうが先に真実を知ることが多いのよ」
遠くでサイレンが鳴る。
保険会社の調査員が到着し、現場はさらに慌ただしくなった。
事故か、放火か。
保険金目的か、それとももっと別の理由か。
――猫たち
それは、音より先に来た。
ちり、と焦げる匂い。
マシュマロは、丸くなっていたクッションの上で、ひげをぴくりと動かした。
この匂いは知っている。冬の夜、ストーブが唸るときの匂いだ。ただし――今日は、少しだけ強すぎた。
マシュマロは立ち上がり、ゆっくりと店内を歩く。
ラテは棚の上で尻尾を揺らし、チョコミントは床に腹をつけたまま、耳だけをこちらに向けている。
まだ、逃げる時間じゃない。
でも、準備は必要だ。
マシュマロは人間のベッドの周りを一周し、低く鳴いた。
意味はない。ただの合図だ。
「起きていない」「今は、まだ」
猫たちは静かに理解する。
出口は知っている。
匂いが濃くなったら、音が変わったら、そのときは一斉に動く。
――人間は、たぶん気づかない。
でも猫は、火が嘘をついている匂いを知っている。
その夜、猫たちは騒がなかった。
ただ、少しだけ、眠らなかった。
にゃんこパラダイスの炎は消えたが、謎は、今まさに燃え始めたところだった。
次回予告 第2話「猫たちの行動と保険金」
火事の前夜、不自然に落ち着かなかった猫は一匹だけだった。
トメ子は、マシュマロの行動と、SNSに残された写真の違和感に目を向ける。
一方、浮上する複数の噂――
・高額なペット保険
・元恋人の存在
・新人従業員の秘めた想い
そして、犬たちまでもが示す「異変」。
猫は嘘をつかない。
だが、人間は――。
にほんブログ村

コメント
コメントを投稿